どの文脈にも属さない時間を過ごす

人間はけっこう誰しもどこかの文脈に属して、いてミニゲームをしている。 ポケモンで例えるなら、弱いポケモンを草むら駆け回って育てるフェーズ、ミニゲームにいるとか、 どこかのトレーナーと戦っているとか、 ジムに戦いに行くとか、 自分の人生でそういう感じのことをしている。 けど、今日、ちょっとそういうフェーズに、いない時間を過ごしてみた。 どのフェーズにも属していない、…

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なぜずっと自分がやりたかったことをしなさい、と言われたとき、絵とか小説とか歌、音楽とかが出がちなのか

自分は何がしたかっただろう? そうだ、 私はずっと絵が描きたかったんだ 歌を歌っていたかったんだ 音楽をしていたかったんだ などと、 絵とか、 音楽とか、 出がち。 モノづくりに 目が生きがち。 なぜだろう。 それはきっと、 普段、何かを自分が創造することなんて、 ほとんどないからだ。 一日にもっとも費やしている仕事に、 自分の…

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米の歴史

米の歴史はかなり長い。縄文時代後期くらいにさかのぼる、日本であれば。 中国から輸入されてきたものだから、中国でのコメの歴史にまでさかのぼると、コメの歴史はもっと長くなる。 あらゆる作物の中で日本ではコメの生産設備がもっとも整っている。 そういう状況にあって、しかし、今は白米食というのは実際のところ、減ってきている模様だ。 一貫して減り続けている。 仕事の内容がブ…

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昆虫は地球外生命体説

昆虫は、 地球外生命体 説 というのがある。 そもそも生命体が地球外生命体説があるけど。 図解雑学『昆虫の科学』という本をパラパラと読んでいる、というか図解の部分だけを眺めている。 のだが。 昆虫、、、やばぁ。 まず、頭部と、胸部と、腹部が独立しているらしい。 頭部と胸部の隙間から、バッタの内臓を取り出す。 しかし、内臓を取り出されたバッタ…

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SNSが出てくる以前は、余暇をどうやって過ごしていたんだろうか?という問い

記録に残るのは、一般人ではない人の特別な記録が多いと思う。 みんながしていないことが、珍しく、すごいことになり、特記すべき事柄となる。 だから、昔の一般人が余暇をどうやって過ごしていたか?っていう凡庸なことがちょっとよくわからない。 LINE、ツイッター、インスタグラム、Youtube、、をループして余暇を過ごすというSNSループにハマる前は、どういう風に時間を過ごしていたんだろう…

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pha『ニートの歩き方 お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット生活法』

ひとまず、読書量を増やそうという試みにより、図書館から本を5冊借りた。 これを一週間=14日で返さなくてはならないので、一日に約100ページくらい読んでいくことにする。 振り返ってみると、Youtubeやら何やらを見ていると、刺激はあるし、何かを学んだ気にもなるのだが、どうも後には残りにくかったりして、携帯の情報はやや一過性の麻薬の感じが強いので読書を増やそうということになった。 …

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数学出来てもあんまり人から尊敬されない問題

数学出来てもあんまり人から尊敬されないのはなぜだろうか。 いる。めっちゃくちゃ尊敬してくる男性がたまにいる。えっ!大学院まで行って数学してたんですか!!えっ!それってどんなこと学んでいたんですか!(食い気味) 、、、まあ、尊敬してくれる人いるか。。。 まあ、コアよな。マニアックというか、オタクっぽいというか、、。 オタクってけっこう資本主義社会では重要な資質ではあると…

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雨の日はダラダラっとしてしまう話

せっかく生まれた一度きりの人生、 自分が好きなこと、したいことをして 生きていった方がいいじゃないか! そうだろう! の割に、 雨だと、結局、ダラダラっとしてしまうよね。 連日の労働で疲労していたということも大いにあるけれども。

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稲刈りした、個人的なブログ

稲刈りを行った。 なんていうか、誰にも公開するつもりのない備忘録あるいは日記としての、 あるいはまた独白としてのブログみたいなものが僕は必要だと感じている。 とはいえ、誰かに読んでもらってこそのブログだという気もする。 ブログに書くべきは、他者が読んで何かしら価値を感じられるものに、限定すべきなのだと思う。 ブログという形式は、Book の Logつ…

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書くことが無いブログ、ロンググッドバイ

書くこと思いつかないなぁ。 ただひたすらに、書くことを思いつくことができない。 書くことを思いつけない選手権があったら、 今なら700位以内には入れそうな勢いで、 書くことが 思いつかないことこの上なし、 ということでやらしてもらってますけど、 みなさん、いつもごひいきしてくだすって、 あ、誠にありがとうございます。 よろしくお願い致します所存でございますで…

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あれは燠(おき)のようにひっそりと静かだが、熱量の多い喜びだった

某日。 海に行ってきたのだが、 そのことを言語化しようと思う。 新しいことに挑戦することに、恐怖を感じてしまうのはなぜか? というと、 言語運用能力が低いから という理由が一つ上げられると聞いた。 現実を言語化することが上手だと、 世界は解像度が高く見える。 雨に対して、 小雨、五月雨、豪雨、春雨、にわか雨、、 などと、たくさんの語彙を知っており、 …

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素潜りを一旦総括する

今年の夏は、何度も海に行って、素潜りで魚突きをしていたので、 そのことについて、振り返ろうかと思う。 まず、今年の5月ごろに、一度、友人らと海に行った。 そのときは、別に潜らないだろう、と思って、水着を持っていかなかった。 なんたって、五月だから。 だけど、友人たちは、ウエットスーツを持っていて、それを着て、ガンガン海に入っていた。 僕は焚火をしながら…

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にんにくを植えた

某日。 にんにくを植えた。 *** 最近、自然農法系の勉強をしている。 土を育てる、 というのがその骨子である。 要諦であり、肝である。 で、土というのは、 生命の積み重ね で成り立っている。 落ち葉やら枝という植物の残骸やら昆虫などの死骸、 腐った根、枯れた根 あるいは糞、など、 生命の切れ端というか、 残骸とかが 微生…

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来年は国産米の値段が上がりそうな予感、、ウンカ!

我が家の田んぼを含め、 我が家の近くの田んぼが 坪枯れ を起こしている。 坪枯れとは、 田んぼの一部分が、ぽっかりと、枯れている という現象である。 稲が枯死している、という状況である。 その原因は、 ウンカ という 蛾 のせいである。 ウンカという蛾が、 稲の茎に止まり、 チューチューとその栄養分を吸い取ることで、 稲が枯死す…

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【凪のお暇】人間は誰しもゆがんでいて、その歪みは親から与えられる

凪のお暇で、 主人公の男女、 大島 凪 と 我聞 慎二。 2人の親が登場した。 親というか、家族というか。 自分の歪みや、 病み(闇)に向き合ったとき、 必ず出てくるのは、 幼少期の親との関連である。 これはほぼ間違いない。 親がいなければ、親代わりの人との関連。 植物が、 最初の頃に水をやられすぎると、 あ、ここは水が潤沢にある場所…

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子供笑うな来た道じゃ、年寄り笑うな行く道じゃ

今回は、お年寄りの心境というものについて、考えたいと思う。 某ばあちゃんが、 どうも、 もう病院なんか行きたくない、 もうどうなってもいいんや、 という言葉をこぼしていた。 この言葉が出てくる背景を考えてみよう。 お年寄りになると、 もう、若いころのようには元気にはゆかない。 周りのお年寄りは、 病気や、死などで、 いなくなり、 「あー…

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【凪のお暇】人間はみなゆがんでいるのに、完ぺき主義が横行している問題

https://youtu.be/3exsRhw3xt8 この UNIZON SQUARE GARDENの 『シュガーソングとビターステップ』 のミュージックビデオに出てくる、この女の子の 将来の姿が 金曜ドラマ『凪のお暇』の大島 凪であることが 昨夜、 判明した。 冗談ですが。 ### 『凪のお暇』の登場人物の がもう しんじ …

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『凪のお暇』、切なすぎる問題

『凪のお暇』という漫画が ドラマ化しているものが、 Amazon prime videoで観れるので、 とりあえず、 1話の半分だけ見た。 漫画の1話を読んだことがあり、 非常に共感性の高いキャラクターがおり、 切なくなったことを覚えている。 ##### この主人公(大島 凪)の抱える問題とは、 資本主義社会の欲望の渦にそれほど飲まれていないことに…

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竹の切り旬

物語の森が天吾の心をより強く惹きつけるようになっていった。もちろん小説を読むことだってひとつの逃避ではあった。本のページを閉じれば、また現実の世界に戻ってこなくてはならない。しかし小説の世界から現実に戻ってきたときには、(中略)それほど厳しい挫折感を味わわずにすむことに天吾はあるとき気がついた。なぜだろう?彼はそれについて深く考え、やがてひとつの結論に達した。物語の森では、どれだけものご…

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虫はニート

最近、イチジクが収穫できる時期なのだが、 完熟して、 実が割れて、 甘ったるい匂いを放っている美味しそうなイチジクには、 シロテンハナムグリ というカナブンに似た昆虫が止まっていて、 イチジクをもちゅもちゅと食べている。 おまけに、 カタツムリまでいて、 シロテンハナムグリと一緒にイチジクをついばんでいた。 もっともイチジクがおいしくな…

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村上春樹『1Q84』を改めて読んでいる件

どうも村上春樹という人物は、偏見に塗り固められていて、「村上春樹読んでますー」というのはいささかリスクを招くことにも繋がる、、そんな人物である。 東野圭吾とか有川浩とかだったら、おそらくこのようなリスクはあるまい。あるまいw それがどういうリスクなのかを詳細に語ることは難しいが、要するに、センスみたいなものを疑われるということになる。 僕としては、大学の図書館で、た…

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ゲーム脳

「小説を書くとき、僕は言葉を使って僕のまわりにある風景を、僕にとってより自然なものに置き換えていく。つまり再構成する。そうすることで、僕という人間がこの世界に間違いなく存在していることを確かめる。これは数学の世界にいるときとはずいぶん違う作業だ」 -村上春樹『1Q84』 一時期、「ゲーム脳」という言葉が流行った。 僕が小学生の頃だと思うので、 15-20年くらい前の話であ…

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存在とレベル

一九一九年三月八日、エディントン率いる観測隊は輸送艦アンセルムに乗り込んでリヴァプールを出航し、大西洋のマディラ島に向かった。 -サイモン・シン『宇宙創成』 この時期、蜘蛛がたくさんいる。 八本の足があり、糸を空中に張っていて、こちらから何かしない限り、ほとんど動こうとしない生き物である。 コガネグモという種類の蜘蛛が多いかと思う。 ちょくちょく、違う種類の蜘蛛もよく見…

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草引きと会社勤め

今回のブログ記事の提供価値は、 草引きと会社勤めの違いがわかる、 である。 百姓は、農業は、草引きとの戦いである、というくらい、 雑草が畑には生えてくる。 雑草を雑草と読んでしまう感受性では、むしろ百姓としては、たぶん、5流なのだが。 雑草から知れる土の情報は多く、また虫の情報とかも多いだろうので、 雑草を解像度高く眺めることが、野菜の良い生育環境づくりに役…

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人生の最初の記憶について

天吾の最初の記憶は一歳半のときのものだ。彼の母親はブラウスを脱ぎ、白いスリップの肩紐をはずし、父親ではない男に乳首を吸わせていた。ベビーベッドには一人の赤ん坊がいて、それはおそらく天吾だった。彼は自分を第三者として眺めている。 -村上春樹『1Q84』 今回のブログ記事が読者に提供できる価値としては、 コミュニケーションの話題提供である。 「思い出せる人生の最初の情景は…

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